「感情的になってしまう…。」は正常

一考察

今日は、「感情的になってしまう…。」は正常。というテーマでお話していきたいと思います。

もくじ

1、感情的にならない人はいない
2、感情的になっているシーン
3、自己コントロールは自由にできる

1、感情的にならない人はいない


本屋さんで、感情的にならなくするために。的な本を見かけました。感情的にならなくするために、か。そもそも感情的になっちゃいけないの?と、ふと疑問に思いました。

あらかじめ言っておきますが、その本を読んだわけではないし、そう言った類の本は間違っている!と言うつもりもありません。あくまでも、「感情的にならなくするために」というフレーズに対する私の一考察として読んでいただけると幸いです。

まず、感情的になる・ならないで言うと、感情的にならない人はいないんじゃないかと思います。

感情的にならない人はいないというか、感情的になるのが悪いことではない。この手の本を読もうと思っているほとんどの人が、おそらく、感情をコントロールしたいとか、感情に流されないようにしたいとかいう理由だと思います。そのコントロールしたい感情というのも、イラッ!!とするという、怒りの感情を指すことがほとんどではないでしょうか?

大前提として、「感情的」という言葉の意味ですが、理性を失って感情に片寄るさま。興奮するさま。のことをいいます。つまり、問題は、理性を失って人や物にあたること。そして、そんな自分ではいけない、と思ったからこそ、本を手にとってでもなんとかしようとしているのだと思います。そんな皆さんに、まずは、自分のよくないと思ったところをちゃんと受け入れて、なんとかしようとしていて、素晴らしいことなんですよ。と言いたい。

自分のことだから自分で解決していかないといけないし、向き合うところでとどまって終わりになってほしくもないですが、受け入れて、なんとかしたいと思えたことは、間違いなく改善への一歩を踏み出していると思います。

2、感情的になっているシーン

本題に入りますが、そもそも、【感情的になる】とはどのような場合のことを指すのでしょうか?先ほど言ったように、イラッ!!とするという、怒りの感情を指すと思っている人は多いと思います。他の場合はどうでしょうか?映画を観た時に感動して涙を流す。大好きな人が亡くなって涙する。笑いのツボに入って引きつったように笑う。などでしょうか。これらはどれも理性を失っている、感情的といえそうな気がします。

しかしどうでしょうか?感動して鳥肌が立ち涙を流すことや、大好きな人が亡くなって悲しみ崩れること、声が出なくなるほど笑うこと、悪いことではありませんよね。私は同様に、イラっとすること自体は悪いことではないし、むしろ正常だと思います。良い悪いでさえなく、人間はそういう生き物だと思います。これら、人間の感情の発生自体を抑制する以外の方法で問題を解決していくのがよいのではないでしょうか。

自己コントロールは自由にできる

導き出した答え『怒りとは衝動。衝動は処理できる。』

怒りというものについてですが、これはいっときの衝動ですよね。この、いっときの衝動は、自分で好きなように処理できます。短気な人間のそれではなく、他の形に変えて外に出すこともできるし、抑えこんで消えるまで待つこともできます。私の場合は、無口になって怒りがおさまるのを待ったり、もっと成長してやる!何からでもやってやる!っていうエネルギーに変えたりします。

ダメだこりゃって諦めるとか、なんかもうあきれて笑えてくるわとか、見返してやる!とか、こんなことに腹が立たなくていいように自分を変えればいいんだというふうに、自己をコントロールできる。理性的に対処できる。

あなた次第という話にはなるのですが、悩んでいる人はひとつひとつ試して、自分にあった処理を見つけていってみてください。理性を失い人や物にあたってしまうのをやめたい、なんとかしたいと思えたなら、きっと、自分の怒りという衝動とも上手にお付き合いしていくことができるのではないでしょうか。


おあり

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