感謝を伝えたら感謝を伝えられた話。

日常

深夜の二時すぎ。アルバイトが終わり、家に着くと、配信アプリの通知がきた。
Sさんが配信を始めたよ!

Sさんとはお互いの配信へ行き来する間柄である。半年ほど前に、『華氏451度』という、本を所有することが悪とされるディストピア小説を教えていただいた。二ヶ月ほど前にも、『ここは今から倫理です。』という、哲学系配信をする私好みの漫画を勧めてくれた。

紙の本が好きなので、衰退していく書店業界を応援したい私は、在庫があるならできるだけ地元の本屋さんへ本を購入しに行く。紹介してもらった本も行き馴染みのある本屋さんで購入した。どちらも、先が気になってどんどん読み進めたくなる、とても興味深い内容だった。

タイミングが合えば配信にうかがって、勧めてくれた本が面白かったこと、教えてもらったことのお礼を言いたいと思っていた。

深夜の二時すぎ…。太陽はとっくに沈んで、規則正しいリズムで生活している人ならきっと交わらない時間。私とSさんのタイミングが合う時間。
…今だ。
家族が寝静まって加湿器の音だけが聞こえてくるひんやりとした暗い廊下で、眩しい光を放つスマートフォンの通知をタップした。


S:あっ、鳥さんだ!こんばんは。

鳥:こんばんは。おじゃまします。

S:はい、来てくれてありがとうございます。ゆっくりしていってください。

鳥:ありがとうございます。今日は感謝を伝えたくておじゃまさせてもらいました。

S:感謝?え、なんですか、なんですか?

鳥:少し前に勧めてくれた『ここは今から倫理です。』を購入して読ませていただきました。

S:えっ!買ってまで読んでくれたんですか!!嬉しい!

鳥:漫画もすごく面白かったのですが、作者のかたが内容を考えるうえで参考にした本を紹介していたので、そちらも購入して読み始めまして、そちらも面白くて。
『ここは今から倫理です。』を勧めていただき、ありがとうございました。

S:え〜!いえいえ、そんな。こっちが作者のかたが参考にした本を教えてもらいたいぐらいですw
なんていう本なんですか?

鳥:『哲学・倫理学概論』松島隆裕 編 という本です。

S:ちょっとまた調べときます!

鳥:以前教えていただいた『華氏451度』も、今回の『ここは今から倫理です。』も、考えさせられるようなとても面白い内容でした。またおすすめの本があれば教えてくださいね!

S:また何かおすすめしたくなったら言いますね!いやぁ〜、『華氏451度』も『ここは今から倫理です。』もすすめるんですけど、なかなか読んでもらえないことのほうが多くて。両方とも読んでもらえるなんて、なかなかないんですよ。それにわざわざ感謝を伝えに来てくれるだなんて。こちらこそ感謝ですよ。
不安な気持ちになってたのもあって配信してたんですけど、なんだか少しスッキリしました。
ありがとうございました。

鳥:いえいえ。こちらこそありがとうございました。今日はもう寝ますので失礼しますね。お疲れさまでした。おやすみなさい。

S:鳥さんもお疲れさまでした。おやすみなさい。


不安な気持ち、か。何かあったのかな?その原因とは直接関係ないところだから、拭い切れたわけではないだろうけど、心にスッキリした部分もできたなら良かった。それにしても感謝を伝えにいって、逆に感謝されるとは…。

そんなことを考えている間に、着替えは終わり、布団に膝をつくところまで来ていた。掛け布団をめくり、顔が隠れるくらいまで布団に潜り込み、目をつぶる。
とじた瞳の光なき世界で、勝手に思考がはたらきだす。

謝謝って、どちらか一方が相手に伝えて終わりではなく、互いに感謝するから謝が二つなのかな?自分にとっても、相手にとっても、相手があってこそっていうことも由来の一つなのかな?

巡っていた思考はいつの間にか、飲み込まれるように、帰っていくように、とじた瞳の中の暗闇と同化していった。

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